1 Mar 2027
Photographer
瀬沼苑子
「写真を撮る、というより“光を収めている”んです」
瀬沼苑子は、そう言います。
淡青色の光に彩られた奥行きのある風景と、女性たちの自然なかわいらしさを写し出す若きフォトグラファー。
多くの人から共感を集める、彼女のスタイルの源泉、そしてこれからを聞きました。

自宅のベランダから、眺め続けていた空
――「窓」から撮った写真 の数々が、とても印象的です。
部屋やクルマ、飛行機でも、窓から見る景色が好きなんです。だから自分の作品はとくに窓越しの風景が多いですね。
原体験には、実家の窓やベランダから毎日眺めていた空と、そこにかかった雲の美しさがあります。毎日、ふとした瞬間に淡く青い空を眺めるうち、自然とそうした色や形式を好むようになったんだと思います。
――独特の淡青色も「自宅から見た空」がルーツなんですね。どこかノスタルジックな感じがするのは、そのためかもしれません。
うれしいです。「見たことがある」とか、「なんだか懐かしい」とか。実際は見たことがない景色であっても、写真から“自分ごと”のように感じてもらうのが、理想なので。
「共感」といった言葉をよく使うのですが、作品でも広告でも、さりげなく私の写真からそれを感じてもらいたい。それが一番、写真を撮っていて、うれしい瞬間ですね。

音楽よりも「嫌いにならない」と思った
――もともとは、写真ではなく音楽を仕事にしようとされていたそうですね。
はい。調律師になりたいと思っていました。幼稚園の年長さんの頃から、高校までずっとピアノを習っていて、音大進学も考えていたほどでした。
――しかし、東京工芸大学の芸術学部写真学科に進学されました。
写真も音楽と同じくらい好きだったんです。
小6の修学旅行のときに写真係になり、デジカメを手に撮ったのがはじめての撮影。それからずっと写真を撮り続けていて、中学生くらいになるとベランダからずっと空を撮り始めていました。
中3になるとInstagramが出始めて、写真をアップ。高校に入ったあとは、インスタで知り合った写真好きの女子高生でコミュニティをつくり、みんなで写真を撮りにいったり、展示会などをしていたんです。当時は、若い女のコが集まって写真を撮る感じが珍しくて、界隈から注目されて、少し調子にのるほどでした(笑) 。
それでも「写真はあくまで趣味、私は音楽を仕事にするんだ」とずっと思っていたんですけどね。
――「写真を仕事にしよう」と変わった理由は?
大学進学を考えたとき、あらためて「音楽か写真か」と天秤にかけてみたんです。「仕事にしたときに、嫌いにならなそうなのはどっちだろう?」と考えたら、写真だった。裏を返すと「好き」の純度が音楽のほうが高かったのかもしれません。
もうひとつ、高3で出会った『物語のある広告コピー』という本の影響も大きかった。
コピーライティングの本で、物語仕立ての広告が事例として載っているのですが、そこにある写真がすごく良かったんです。一枚の写真にすばらしいコピーが載ると、もっとずっと豊かな物語が生まれる。自分もそんな広告写真を撮りたい! と強く思うようになって。
ただ「写真を仕事にしたくなりました」と伝えたときの、ピアノの先生の悲しそうな顔は忘れられませんけど。
――そして大学からは写真を学び、プロへの道を真っ直ぐに走ってきたわけですか。
いえ、しっかり迷走しまして(笑)。
淡い色合いで空や雲、周りの女の子たちを撮る。それはずっと変わらず好きで、大学で学んだ技術を使ってそれを磨いたつもりでした。ただ、20歳くらいの頃、教授に、「あなたの写真はもう完成されている」「今の写真をどう超えていくの?」と言われたんです。
途端、何を撮ればいいかわか らなくなって。必要以上に肩に力が入るようになり、それこそ「写真を嫌いになる」ところでした。
――どうやって迷走をリセットさせたのでしょうか?
それまでのやり方を一度捨ててみました。デジカメを手に、いつでも何枚もパシャパシャと撮るのをやめたんです。
祖父が親戚から譲り受けてきてくれたZenza Bronica(ゼンザブロニカ)の中判カメラを持って、あえてスナップを撮りはじめました。デジタルと違って、6×6のフィルムは1本で12枚しかとれない。また学生にとっては高価なので、じっくりと被写体を定めて、慎重に撮るしかなかったんです。おまけにカメラ好きのおじさまから「何、撮っているの?」と声をかけられる確率もものすごくあがる(笑)。





