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30 Sept 2026

Photographer AKANE

鮮やかな色と遊び心をまとった瞬間を写し取るフォトグラファー“AKANE(アカネ)”。 ありふれた日常も、彼女のレンズを通せば軽やかに弾け出し、ポップな物語へと姿を変えます。


なぜAKANEが創る画は、こんなにも心を弾ませるのか?

日本、中国、アメリカで培った、そのまなざしの源泉をひもときます。




エキセントリックな色。なのに見続けられる画を。


――雑誌『装苑』で撮影を担当している連載「矢島沙夜子のあたらしい日本民藝手帖」は毎回、圧巻ですね。息をのむ美しさとかわいらしさが飛び込んできて、ただ少し“棘”も感じる。


私自身、毎回とても楽しみながら撮らせてもらっています。


アートディレクターで『小楽園』というすてきなお店の店主でもある矢島沙夜子さんが、 日本の民藝品を夢の中に迷い込ませたかのような新しい物語として再構築している連載企画なんです。


矢島さんが木彫りのクマやこけしに宿らせたファンタジーを、一枚でどう表現するか。手書きラフを前に「こうしたらどうでしょう?」「たとえばこんなのは?」とセッションするように撮影がすすみ、ワクワクする喜びと、ドキドキの緊張感がとても心地いいんですよ。



もともと矢島さんの世界観が唯一無二で、夢のような色使いが特徴なのですが、 私の好きな写真や色ととても共鳴するところがある。 連載がスタートするときからご指名いただき、矢島さんが生み出した物語を、写真で表現しています。 信頼いただいているのは、本当に喜びです。


――確かにAKANEさんご自身の他の作品をみても、とても色使いに個性が溢れています。


ポップでエキセントリックな写真が好きで、得意だなとも思っています。


ただ、すべての彩度が高かったり、色がつぶれるほど強く出しすぎるようなことはしていません。


カラフルで、どこか不思議で、違和感もあるんだけれど、ずっと見続けられる。 作品でも広告でも、そんな写真を残したいといつも考えています。



――オリジナルな色への愛着は、どのように培われたものなのでしょうか?


今まで培ったいろんなことが影響しているはずではあります。 ただひとつ、多感な頃を香港や深センで過ごした経験が、一番大きいのかな、とは感じていますね。




諏訪、香港、オハイオ、品川。


――香港で生活されていたのはおいくつの頃なんですか?


小学生くらいです。


生まれは長野県諏訪市で、その後、横浜で幼稚園時代を過ごしましたが、父が時計メーカーで生産管理の仕事をしていたので、各国の工場へ赴任していたんです。 最初は香港、その後、一度松本に戻って、また中国の深センへ……といった感じ。


中高のほとんどは深センで過ごし、インターナショナルスクールに通っていました。


――まさにティーンエイジャーの頃は、香港のカラフルな色使いの中で育ったのですね。


なので、香港の派手なネオン街は強く脳裏に残っています。

ショッピングモールの大掛かりで煌びやかなショーウィンドウも毎日見てました。


また風水の影響もあって、香港の人たちは色の意味をとても大事にされている。 「赤は幸福」「緑は健康」とか。そういった部分におもしろさを感じたところがあるかもしれません。



――写真に興味を持ったのはいつ頃ですか?


高校2年です。最初の興味は美術全般でした。


もともと子供の頃からも「ものづくり」が好きだったんです。シルバニアファミリーを買ってもらえなかったので、自分で紙でミニチュアの家や家族をつくって遊んだりしていました(笑)。


――お父さんがものづくり企業にいたから「欲しいものは自分でつくれ」という教育方針だったんでしょうかね(笑)。


意外と、そうかもしれません。そもそも父の実家が時計屋さんで、代々時計の修理などもしていたし、母方の父は桶職人。血筋としてものづくり家系でしたので。


その流れで水彩画や彫刻などが好きで、高校になると大学の単位としても換算される「IB(国際バカロレア)プログラム」で、アートを専攻して学ぶようになっていました。 最初は油絵や水彩を通して、それこそ色を研究。


ただ2年目には写真に興味がぐっと傾いて、カメラを手にして街に出て毎日のように撮り歩いていましたね。 香港の路地裏や雑多なお店、ストリートスナップのようなものをよく撮っていました。


――写真に傾倒したきっかけは?


最初は「自然への興味」から、なんです。香港はビルに囲まれていたので、 その反動で、自然環境や環境保護について調べはじめました。


そして『ナショナル・ジオグラフィック』に出会い、 雑誌の写真をみた時のワクワク感がたまらなくて、「私もサバンナでライオンを撮りたい!」と思っていました。

写真は見たことのない世界、まだ知らない世界の場所に連れて行ってくれる。


また、当時はレタッチについて、「『写真』は“真を写す”と書くけれど、本当に真実を写しているとは限らない」みたいな論文を書いたことを覚えています。報道やドキュメンタリーにハマっていたんでしょうね。




――その後に渡米、オハイオ州のコロンバス芸術大学で写真を学ばれたそうですね。


はい。日本語より英語のほうが学びやすかったので、「写真を学ぶなら日本よりアメリカかな」と思い、 選んだんです。


最初は報道カメラマンを目指していました。

でも『ナショナル・ジオグラフィック』のフォトグラファーが大学の講演に来たとき、「どうすればナショジオで撮れますか!」と尋ねたら、「報道カメラマンになるなら、まずは自分の写真のテーマにつながる歴史や教養を深く学びなさい」と言われたんです。


「今から編入するのもなあ……」と、大学ではアート写真を学ぶことにしました。 ただ、やはり社会問題を写真で斬るようなことがしたくて、 その頃、アメリカで問題視されていた「砂糖の過剰摂取」を一枚で表すような作品を撮っていましたね。



――大学時代は、アメリカでフードフォトグラファーのアシスタントもされたとか。


はい。アート写真は好きでしたが、職業としていくにはなかなか難しいなと。 そこで3年生からは広告写真を専攻し、スタジオワークを学ぶようになっていたんです。


中でも「食」の写真に一番、興味を持ったんです。


――なぜ、「食」に魅かれたのでしょう?


「食って世界の共通語だな」と強く感じていたからです。


日本人としてアメリカで過ごしていて、現地の人や他の留学生と交流する際に、誰にでもハードルを感じていたんですね。大学があったコロンバスは日本のクルマメーカーの工場などがあり、日本人の留学生が多かった。 ところが、私は彼らからみると日本語も下手で外国人のように映る。 しかし、他国の人からみたらどう見ても日本人でしかないので、彼らともやはり少しの距離ができる。


よく「サードカルチャーキッズ」と呼ばれるのですが、 親の母国文化と現地の文化のどこにも属さない、 第3の文化で育ったからこその不安定なアイデンティティも背負っていたんです。


そんなときも「食」に関する話題は無邪気なコミュニケーションのきっかけになりました。


「こっちのイチゴって日本ほど美味しいものが少ないよね」「わかる!」とか。 「韓国から来たの? オススメの韓国料理は?」とか。些細なことなんだけど、食の話になると、 誰しもオープンになり、すぐに距離が縮まったんですよね。


――確かに、食は国籍や文化や世代を超えやすいですね。


そう。だからすべてを超えてつながれる「美味しい写真を撮りたいな」と思ったんです。


そしてインターン先で、ライティングなどはもちろん、フードスタイリングみたいなことも一通りやらせてもらい、卒業後は少しそこで働きながらフリーのアシスタントとして1年ほど働きました。


その後、日本に戻り、「やはり食の写真を」とアマナへ。食のシズル写真を専門に撮る「hue」に入社したんです。



シズルの技巧で、毒々しい色を映す。


――hueで初めて日本の撮影現場を体験されたと思うのですが、アメリカのそれと比較していかがでしたか?


「ここまでやるのか!」と職人技に驚きました。


とくにパッケージ撮影で、美味しさを引き出すために、「一滴のシズルにどうハイライトを入れるか」「ふわっと漂う湯気をどのように映すか」とこだわり抜く。 私がインターンをしていたオハイオ州では自然光一発でパシャと撮って終わったりしていたので、 ギャップがすごかった。


正直、大雑把な面がある私には「向いてないかも」と悩んだ頃もあります。 ただ、当時hueに在籍していた石川寛さんや、細見恵里さんのアシスタントをするようになって、変わったんです。



――二人とも、極めて個性的な食の写真を撮るクリエイターです。


まさにそうで、石川さんの写真は広告写真なのにそこに載るキャッチコピーよりも押し出しが強い画に魅かれました。スタジオに爆音のオペラを流しながら撮るスタイルもすごかった(笑)。


細見さんは、毒気のあるような彩度の高い色を食の写真の中に織り込むのが素敵だなと。


いずれにしても、お二人は広告写真の文脈にちゃんといながら、プロダクトを美味しく撮ることを忘れずに、しかし、アートとしても成立するような写真を撮っていた。自分が目指すのも、そんなシズルとアートの両軸を持った写真だ、と考えたんです。


――そこで、今の弾けるようなポップな色使いの写真にたどり着いたのですね。


結構、右往左往して、迷っていた時期もありました。ちょうどPinterestやInstagramなどで世界中のフォトグラファーの作品が覗けるようになって、むしろ方向性を迷うこともありました。


ただ一度、自分の作品で「とにかく感情をぶつけた一枚を撮ってみよう」と思って仕上げた写真があったんです。



――かわいくカラフル、でも少しの違和感がある、まさにAKANEカラーの写真です。


撮ったときにhueのフォトグラファーに「(AKANEの写真は)コレじゃん!」と言ってもらえました。


強い色を出しているんですけど、その色のコントラストと陰影で、毒々しさも差し込んである。シズル写真の職人的なテクニックを使って、そんな世界観をビジュアルにするのが、それこそ自分の色だなと。


――思い返せば、それは原体験としての香港や深センの色使いもあった?


そこは、すぐに言語化できたわけではありませんでした。でも、いつも作品のブックプレゼンをする際に「この色の原点は、子供の頃の香港のネオンサインや深センでみたカラフルな周囲のモノかもしれない」と話すと、「絶対そうだよ」と相手にうなずいてもらえることが多かったんです。


サードカルチャーキッズとして不安定だった自分の出自やアイデンティティが、すごく肯定された気がしました。「むしろ自分だけの強みになるんだ」と目の前にあった霧が晴れていくのを感じました。



――そこからは快進撃?


そうでもなくて(笑)。私の色が強すぎて、最初は「AKANEの写真はとてもいいけれど、個性が強いだけに、使い方のイメージがわきづらい」と言われたこともありました。


そんなときに、矢島沙夜子さんと出会ったんです。



「写真はエキセントリックだけれど……」。


――矢島さんとはどのように出会われたのですか?


アマナのプロデューサーで、私の写真をとても好きでいてくれて、同時に矢島さんのお店『小楽園』の大ファンな子がいたんです。彼女が「2人は絶対に合うはず!」と激しく推してくれて、2人で矢島さんにブックプレゼンをさせてもらったことがあるんですよ。


そこですぐに、「すぐ撮って欲しい!」と言ってもらえまして。


――まさにピタリと合ったんですね。


そうなんです。『小楽園』という店も商品も、しっかりとプロダクトではあるけれどアート作品でもある。 同じ感覚を私も矢島さんも感じ取ったのだと思います。結果として、すぐに『小楽園』のプロモーション用ビジュアルを撮影させてもらいました。



結果として、『小楽園』の写真をきっかけに提案に出してくれる機会が増えました。


また、外部のアートディレクターも『小楽園』の写真をきっかけで私を見つけてくれる方が増えて、 お声がけいただけるように。


――この『JOINUS(ジョイナス)』のビジュアルは、とてもAKANEさんらしい広告写真ですね。


そうですね。これはまさに私をご指名いただいて撮った写真です。


ジョイナスの「J」をモチーフにしたぬいぐるみを大量につくって、ビビッドな色と動きを感じさせる写真で、目を引きつけてほしいというオーダーでした。


黄色ってコントラストを強くすると黒く濁りやすいんですね。それを避けて、しっかりと色が出るように、赤い紙を反射させて色味をつけていたりします。無機質なものに命を宿すような工夫が効かせてあったりします。


――こちらの『トロピカーナ』は新宿ルミネに大きく掲げられたビルボード看板だったそうですね。



はい。このコの場合は、あまり生々しくならないようにハイライトを抑えて撮りました。 パッケージ写真だとオレンジってけっこうギラついた感じで、ジューシーさを演出する。 けれど、この広告は「冬支度をしましょう」と寄り添う感じなので、もっと自然なソフトな雰囲気に。


――おせんべいの『星たべよ』のキャラクタームービーも、かわいさが前面にあるけれど、バックにしいたベロアの雰囲気なんかは、とてもAKANEさんっぽいです。




これはぬいぐるみをコマ撮りで動画にしたんです。 ここでも生きていないものを動かす、命を宿らせるというのはとてもおもしろい体験でした。 また、生々しさをうまく表現する意味では、やはりシズル撮影を重ねてきたことが活きた感もありますね。


――『ナショナル・ジオグラフィック』を目指した経験も活きた?


かもしれません(笑)。

ただ本当に、いろんなところで見て、聞いて、学んだことすべてが今の自分の写真に根付いていることは実感しますね。


あとはだからこそ、アート寄りでもプロダクト寄りでも幅広く柔軟に対応できる、守備範囲が広いほうだとは思うんです。


――お話を聞いていても、作品からにじみ出るエキセントリックさは微塵も感じられませんでした。


そうなんです。エキセントリックな写真を撮っているから、エキセントリックな人だと思われがちなんですが、全然違うんです。むしろいつもバランスを見ながら仕事をしています。


写真が写すのは、真だけじゃないですから(笑)。

Profile

AKANE・あかね


長野県生まれ、転勤族育ち。

小学校から高校までの間、香港と深セン・中国で過ごす。

大学入学を機に渡米。Columbus College of Art & Design を卒業後、

食専門の広告写真スタジオ、ヒューに入社する(現アマナ)。

ありとあらゆる物をミックスしたカラフルで POP な世界が得意。

頭の中はいつもワクワクする kawaii アイデアでいっぱい。



Photographerへ5つの質問


1.趣味は?

ゲームと散歩です。


2.好きなフォトグラファーは?

マーティン・パー、マウリツィオ・ディ・イオリオ


3.自宅のカベに貼ってある写真は?

写真ではなく、友人が描いた絵を飾っています。


4.撮影中によく流す音楽は?

UKロックやアメリカのオルタナティブロック。一番好きなのは、Green Dayかな。


5.フォトグラファーとして大切にしていることは?

ワクワクすること。


<文/箱田高樹>

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