12 May 2021
レタッチャーとして、ずっと大切にしていること。
年間千件以上のビジュアルレタッチを請けおう、amana「Photo Retouch Unit」。Photoshopの経験がほとんど無いまま、amanaへ入社して約9年、過酷なアシスタント時代を経てレタッチャーとして活動する尾堂萌実。少しだけ客観的に考えられるようになった自分と、「レタッチ」について。
広告やエディトリアルなど、活動の範囲が広がってきていますね
そうですね、最近では本当にいろいろなビジュアルのレタッチに携わらせて頂いています。
どんなことがきっかけで、レタッチャーの道へ進んだのでしょう
「レタッチャー」という存在を知ったのは、実は就職活動中にamanaの求人情報を見てからなんです。
大学の授業で、海外のCMや広告事例を見る機会が多くあり「広告」自体に興味を持ち始めたのが最初のきっかけでした。当時、長島りかこさんの手がけた広告を目にしてカッコ いいなあと思っていたので“企業の抱える課題をいかに魅力的な方法で解決していくか”という、今まで全く知らなかった世界にとても惹かれました。
小さい頃は、動物や風景などの絵ばっかり描いている子でした。その後もアニメや漫画が大好きだったので、ずっと真似して描いていました。高校時代はバリバリの運動部で部活一色の日々。その頃も「モノ作り」は好きでしたが将来のイメージは漠然としていたので、大学で改めてモノづくりの道を考え始めました。
在学中は「広告」に興味を持ちながら糸口を探して、TVCMのコマ割りを描いたり、出版社で販促用POPの文字や絵を描くなど色々なバイトをしていました。そんな時に偶然アマナの求人情報を目にし、正直レタッチャー?ってよくわからないけどPhotoshopなら大学の授業で少しだけ触ったことあるし、と甘い気持ちで応募しました(笑)。なんとかして、広告の世界に足を踏み入れたかったんです。
Photoshopほぼ未経験…で入社されて、どうでしたか
圧倒的に基礎がなく、ロジカルなことも全く知らなかったので、とにかく見様見真似で作業をやらせてもらっていました。わからないところを聞いて、赤字をもらってひたすら作業する、その繰り返し。大学でPhotoshopを習った時の本を持参して、こそこそやり方を調べたりしながら。効果的だったのは、人が作業しているのを後ろから見て盗むこと。テクニックだけでなく、作業のスピード感を実際に見ることができるのでとても勉強になりました。
その後は、Photoshopに慣れてはきても、ひとつひとつの画に対してどうなったらこの画は完成なのか「いい、悪いってなんだ?! 正解がわからない!」という感じでしたね。とにかく色々な人の意見を聞いてやるしかないし、数もこなすしかない。
先輩の代わりにある大御所フォトグラファーの*プレに初めて一人で行くことになった時は、前日から緊張で泣きそうになりながら準備をしました。あんなに未熟だった自分に大事な撮影を任せて下さって、今思い返しても本当に有難いことだったなと。やっぱり、プレに入ることでその写真に対する現場の想いを直接感じ取ることができるんですよね。画を仕上げる身としてとても重要だということを学びました。
*撮影現場で簡易的な画像合成などのオペレーションを行うこと
ターニングポイントになったお仕事はありますか
アシスタントからレタッチャーになって最初に声をかけて下さった、カメラマンの川上智之さんとのラゾーナという商業施設の年間広告キャンペーンですね。その後のレタッチャーとしての在り方に、大きな影響を与えてもらったと思います。撮影された画像を、キャンペーンのイメージに合わせながら「更に、もっとイイカンジ」にするには…!ということをひたすら探り続けていました。本当にクリエイティブに、自由にやらせて頂けたお仕事でしたね。
自由度の高さが故、センスが試され るようで若干ナーバスにもなりました。でも最初のビジュアルを制作している時に「あれ?この女の子のこの部分、なんだか切なくていい感じだぞ…?」と自分がグッときた部分を大切に仕上げて提案したところ、川上さんも「特にこの部分、なんかいい!」と、同じところを指して下さったんです。自分の中の「グッとくる!」というこの感覚は部分的だったり、全体がはらむ空気感の場合もあるのですが、その後もずっと大切にしています。
世界観を作るというスキルも、この仕事で養われたと思います。例えば、「映画っぽく」とか、「東南アジアの宗教壁画っぽい感じ」などさまざま。このクリスマス用のビジュアルでは「映画のワンシーンのようなトーン」というリクエストがありました。実際に作られたサンタクロース型のロボットに、降りしきる雪や夜空に浮かぶ月を合成していきました。
撮影スタジオで見た逆光っぽいライティングがすごく印象的だったのですが、実はセレクトされたカットは違う印象の一枚でした。そこで川上さんに撮影素材を見せて頂き、肩口やヒゲのエッジに光を受けている素材を合成したバージョンを提案したところ、採用して頂けたのは嬉しかったですね。
こういった「感覚的な要素」の積み重ねによって、見た人が「なんかイイ」と無意識で感じてくれるのではと思っています。
レタッチ・レタッチャーの定義とは
そもそもレタッチって何でしょう
レタッチにおけるプロとアマの違いは、もちろんこだわりや意識の違いは大前提として、やっぱり「経験」が大きいかなと。たくさんの手法がある中で、こういう時はこのやり方でという「ベース」の知識は経験値で養うことしかできない。だからこそ、その「ベース」があって初めてレタッチャーと呼べると思います。そこからは、どれくらい付加価値をプラスしていけるかが大事かなと。自分でもそこを常に意識しています。
昔、ふと思ったことで…レタッチャーという職業はシェフに例えることができるなと。たくさんの素材を使い、時間をかけて準備をしてから調理をすることが必要な時もあるし、素材そのままを活かして、少し整えるだけでいい時もある。ものすごく大胆な味付けがマッチする時もあれば、隠し味の意外性が活きることもある。そういった最終の仕上がりを見極める責任がありその判断次第では、その料理自体をダメにしてしまうかもしれないし、逆に斬新な味で世の中にインパクトを与えることもある。
おいしい料理を考えるAD や、それを実際に創造するカメラマンへのリスペクトがあるからこそ、その方々から預かった画をいじるのって、とても緊張するんです。パートナーとして信頼してもらえるように、センスや経験を自分からたくさんひっぱり出すことは必要ですが、独りよがりにならないようにといつも心がけています。全体をとらえて、一番おいしくなる方法を考えなくてはいけない。そういう意味で、レタッチャーはバランス感覚が必要で、責任があると思っています。
具体的にはどのような表現を提案しているのでしょう
たとえば、ナチュラルビューティベーシックのビジュアルでは、オリジナルの写真を見た時、少し全体的にグレーがかった印象がありました。広告的には、その画をポジティブに見せたいリクエストの場合は、くすんだ印象や葉っぱや花なんかは発色よくしたくなりますが、 逆に独特な雰囲気が漂っていて、このままの方がカッコいいかもしれないと、オリジナルの雰囲気を活かした提案をしました。
ラゾーナのフードエリアのキャンペーン。オリジナルの写真にどこかレトロな雰囲気を感じたので、その印象を活かしたいなと思いました。プロップや細かいところだけを調整し、あとはもともとの写真の良さが更に際立つ色味や、質感を意識しました。
adidas スタンスミスのビジュアルは、撮影自体はデジタルですが、「フィルムでとったファッションスナップっぽい印象にしたい」というリクエストだったので、ライブ感を残すため整えすぎないように注意し、そのノイズ感や色の転びがカッコよくなるように意識しています。
一方で、しっかりとレタッチで世界観をつくりあげるケースももちろんあります。
舞台「お気に召すまま」 のビジュアルでは、人の肌の質感、コラージュとはまた違う奥行と立体感のある合成、全体的な色味やトーンなど細部までかなり作り込みました。このポスターを見た人が、舞台のテーマでもあった「性的欲望、混沌、怪しさ」を感覚的に予感する雰囲気を意識しています。
色々なケースがありますが、個人的にはやっぱりその写真と向き合った時に、活かすべきポイントをしっかりと残せる提案もできるほうがいいと思っています。
テクノロジー、時代、メディアの変化に向き合って
入社して9年、変化や進化を感じることはありますか
「テクノロジーの進化」でいうと、マシンやソフトのスピードが格段に速くなって便利になりましたよね。自動肌レタッチは、有効活用したいとは思うんですけどあまり触れてないです。既存フィルターは、少し使ったり混ぜたりします。今の時点では「自動化」でレタッチャーの仕事が減るとか、そういった脅威はまだ感じていません。
「時代」でいうと、やはりinsta用、web用のビジュアルはものすごく増えましたね。insta用というメディア以外でも、“インスタで若い子がいいねしそうなトーン”というリクエストがあったりします。
このアールイズ・ウエディングのビジュアルも、オリジナルはもう少し全体的に明るく元気な印象の写真でしたが、少しノスタルジックな雰囲気でインスタ映えしそうなトーンでというリクエストを頂いたので、顔にかかるレースの影を強くし、色味を少し寒色にし、ワントーン落として空気感を意識した調整をしています。
メディアの変化は、作業進行にも影響が出ていますね。「web用で小さい扱いで予算がないので、あまりレタッチ入れなくて大丈夫です」ということもあるのですが、ご一緒する方々は変わらずプロフェッショナルですし、こちらもプロとしてどうしても「手など抜けん」という気持ちもあったりして。内容によっては結局メディアや予算に関係なく、納得がいくまで時間をかけてしまうこともある。限られた予算の中でどう進めていくか、試行錯誤の日々です。実際予算がほとんど無いお仕事でも、一生懸命やった結果が別の仕事につながったりするんですよね。なかなか難しい。
もちろん独りよがりになってはいけないので、この部分はレタッチ無しで、ここは入れないと変ですよという話し合いは事前にするようにしています。でも最近、世間のみなさん本物志向になってきている気がするんです。伝わる人には伝わるというスタンスで、厳しい状況であっても“しぶとく丁寧に”やっていきたいと思っています。
自分の強みはどんなところだと思いますか
縁あってお仕事させて頂いたカメラマンの方から、「自分の感覚が通じると思えた」と言ってもらえたことがあったんです。相手が言っている「空気」ってなんだろうとか、100%じゃないかもしれませんがイメージに共感しそれをビジュアルとして再現する。「相手の感じるものをとらえようという姿勢」が強みなのではと思います。素晴らしいレタッチャーさんはたくさんいます。だからこそ、その中から自分に声をかけてくださった意味や、何を期待されているのかをしっかり考えようと思っています。
それから、昔から漫画や絵を見たり、描いてきたことは想像力を高める上でとても役に立ったなと思います。漫画って“懐かしい感じの雰囲気”や“切ない気持ち”など、抽象的なものが見事に1シーンで描かれていますよね。だから「あ、あのニュアンスか」とポコポコ表現が浮かぶんです。最近ではそういった相手の意図するイメージの具現化にプラスして、「これもいいね!」と相手に受け取ってもらえるような、まっさらな状態での表現提案にも取り組んでいます。
パーソナルなこと、inputの方法
ほんと、落ち込むぐらい自分では人間的にプレーンだと思っています…。
この世界は多種多様な分野におけるオタクがまわしていると思っていて、ずっと昔から本当にオタクに憧れています。漫画や絵は、唯一無条件に楽しめることかもしれませんが、もともと物事に“ハマりにくい”んです。たまに趣味はある?って聞かれますが、そのたびに何か探すんですけど、あれ?趣味と言えるほどのものって特にない…?って。だから「何にもないな、自分。」って思っていたし、好きなことにイキイキしている人に惹かれるし、そういうエネルギーを持ったものに感動します。
inputでいうと、無意識にでもたくさんのものを目に入れておくことが大切なので、普段は写真に限らず、ギャラリーや様々な展示にも足を運んでいます。それから、話題になっている人がいると「何故だろう」と考えてみる。
自分の中では全然魅力的に思ってなかったことを、ストレートに堂々とやっていてカッコいい人っているじゃないですか?
たとえば、以前は全く「将棋」に興味がなかったんです。難しそうだし意識もしていなかった。でも漫画「3月のライオン」をきっかけにその印象が180°変わったんですね。棋士ってものすごくカッコいいなって。その中で描かれている、いわゆるスクールカースト的なものへの印象もガラリと変わりました。「カースト的に下と言われる子」たちが、好きなことに誇りを持ってイキイキしているのに、上にいるように見える子がすごく不安定でカラッポな気持ちでいる。きっと、そういうことはザラにあるから、自分がもともと持っているイメージって実はすごく表層的で、視点を変えれ ばまったく違う世界が見えてくるのではないかと。だからこそ自分の固定概念に縛られず、いつでもアップデートできるように物事を見るようにしています。
少し先の未来、どんな想像をしていますか
ただただオタクに憧れるだけだった自分が、ここまでひとつのことを深く追求してはいるので、やっぱり「レタッチ」が好きなのだろうと改めて思いました。もちろんそれだけではなくて、日々嬉しい出会いがあり、素晴らしいものを一緒に作り出すことができて、感動を頂いて、この先もそういう方々とお仕事をしていきたいという思いでやってこれたんだと思います。でも、今度は自分も人に感動をお返しできるようになりたいなと。
そうなるために「自分は何ができるか?」と考え、最近また少し絵を描き始めています。
大学生の頃、知り合いのツテでイラストレーターのような活動もしていたんです。でも最近では随分描く機会が減っていたので、また少しずつ描きたいものを描くことから始めていきたいです。まだ途中ですけどipadプロを購入したり、アナログでも描いてみようかな?と触ったことのない画材を物色したり。
でも大人になると邪念が入りますね…。これ人に見せるのかな?とか頭の片隅で考えてしまって。「昔のままのピュアな気持ちの絵ってなんだっけ?」って。
それから「カッコいいか ?」もここにきてすごく大事だなと。
ただ流れで仕事をするのではなくて、それをやっている自分を「カッコいい」と思えるかを考えてみる。あるいは、どう視点を変えたらカッコいいと思えるかを考えることで、よりその仕事を楽しくしていけるのではと思っています。
そうして少しだけ俯瞰で自分自身を見つめ直し、進化しながらこの先へ進んでいきたいです。
近影撮影:渡邉光平